二宮金次郎は消費者金融の社長だった!?

近年、経済界・金融界で特に注目されている人物がいます。それは二宮金次郎!二宮金次郎と聞いて、何を思い浮かべますか?真っ先に頭に浮かぶのは、薪を背負いながら本を読む銅像ではないでしょうか。
「二宮金次郎=勤勉」というイメージですが、それ以外のことを知っていますか?実は彼、消費者金融や信用組合の元になるシステムをいち早く実践していたのです。
二宮金次郎が生まれたのは1787年。江戸時代の末期を生きました。その頃の日本は100年続いた高度成長期が終わり、人口も減少に向かうという先行きの見えない時代。そう、いまの日本ととても似ていたのです。
二宮金次郎は裕福な農家に生まれましたが、若いうちに両親を立て続けに亡くし、親類宅に身を寄せることに……。そこから苦労がはじまります。灯りをともして本を読んでいると「油がもったいない!」と叱られ、そこで皆さんがよく知っている薪を背負いながら本を読む姿が広まったと考えられます。

二宮金次郎は、親類宅から独立すると実家の再興に取り組みました。勤勉と倹約を積み重ね、やがて広い田畑を所有する地主になりました。
その手腕に目をつけたのが、財政難に喘いでいた小田原藩家老の服部十郎兵衛。二宮金次郎に家計の立て直しを頼みます。二宮金次郎は、着る物、食べ物、光熱費(薪)に至るまで徹底した節約に取り組みます。

そして、この頃誕生したのが「五常講」というシステム。困った人にお金を貸すためのもので、消費者金融や信用組合の先駆けといっていいかもしれません。「五常」というのは「五徳」ともいい、儒教が解く人の道。仁(やさしさ)、義(人助け)、礼(礼儀)、智(智恵)、信(信頼)からなります。
さて、この「五常講」、お金を借りたい人に融資し、分割で返済してもらうというもので、最初は二宮金次郎の資金が元手になっていたようです。基本的に利息は不要でしたが、謝礼を支払う人が多く、しだいにそれが運用資金になり、みんなでお金を出し合い、困っている人を助けるという仕組みができあがったようです。
先行き不安な時代、大切なのは節約と助け合いの精神なのかもしれませんね。

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公開日:2014年11月20日
 
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