消費者金融業者の廃業、倒産、吸収合併など業界再編が加熱

1984年7月1日

貸金業規制法と改正出資法の施行によって、業界は「冬の時代」に突入した。
まず、法律が施行された翌年の1984年当時、武富士アコムプロミスレイクといった大手4社に続く準大手といわれたヤタガイクレジット(東京)、エサカ(大阪)が金融機関からの資金を引き上げられ、実質的に倒産。1984年の業者数は約3万3000社で、前年の23万社から急激に減少し、業界は整理・淘汰の時代に入り、業界全体の融資残高も鈍化していた。
このような「冬の時代」は1984年から1985年をピークに1986年頃まで続くことになる。
しかし、経済環境は比較的良好であったため新規顧客の需要は充分にあり、経営基盤の建て直しさえできれば、その需要に応えることが可能であった。したがって、この時期は、消費者金融会社各社が1983年に新たに制定された貸金業規制法に対応しながら経営を立て直し、次の安定した成長への準備を進めた時期でもある。
消費者金融に対するこの時期の逆風は、業界には大きなダメージを与えたが、その一方で特に大手各社にとって、結果的に強固な経営基盤を確立する機会を与えることにも繋がった。各社はこの時期、不良債権の処理や店舗の統廃合、人員削減など経営の合理化に取り組み、財務面では、調達構造の見直し、営業面ではデータベースを活用した与信・管理システムの一層の開発・強化などに取り組んでいる。この時期に行われた消費者金融業界全体での仕組みの合理化は、結果として1990年代以降の消費者金融業の飛躍的な発展の礎となったのである。
1988年ごろには、経営合理化の成果もあって消費者金融会社の業績は回復し始める。

 

 

参考:理解されないビジネスモデル 消費者金融 P184/消費者金融市場の研究 P45