灘店(神戸市灘区)を開設し、アコムの前身にあたる質屋業を開始

1948年7月1日

呉服店の他に質屋も始め、それが現在のアコムの前身となる。
マルイト呉服店は後に「マルイト」と名前を変え、現在はアコムの関連会社となっている。

 

●当時の質屋
消費者金融業が登場し始める前の時代、庶民にとっての身近な金融といえば「質屋」が一般的であった。
第二次世界大戦終了後、日本は急激な物価高騰に陥り(悪性インフレ)、人々がその日その日の生活を送るだけでも精一杯だったなか、質屋は着物や時計、貴金属類を担保に少額の金銭を貸し付け、多いに業績を伸ばしていた。利用者は手近な資産を預けれることで、さしあたっての資金を借りることができ、物価が上昇し続けていた時代に高値で質流れ品を処分できるため、業者にとっても収益性の良い商売だったのである。

 

●呉服屋から質屋
呉服と消費者金融とは一見何の関係も無さそうだが、たとえば嫁入り道具の着物ともなれば親から娘への財産分与の意味もあり、かなり高価な買物となる。呉服屋では、母娘で来店する客が、夫や父親の了解を得るために、反物を一旦家へ持って帰れないかと尋ねる姿がよく見られらた。呉服屋側としては、高価な反物を客に預けることに不安が残るが、客を”信用”して反物を渡し、気に入れば購入してもらい、そうでなければ返してもらう、という流れで商売を上手く展開することもできた。
後に、創業者の木下政雄は第二次世界大戦の戦局悪化や奢侈禁止令によって呉服業の廃業を余儀なくされたが、戦後の混乱期のなかで事業を建て直し、建築・工業用資材の取扱いから始まり、洋品雑貨の小売り店等を手掛ける。
やがて、戦後復興が進み、建築・工業資材の需要が落ち着いた1948年、木下は新たな事業として質屋業(マルイト)を展開する。しばらくは順調に事業を拡大し、支店も増えたが、1950年代半ばを過ぎると消費生活が好転し、技術革新の進展や流行サイクルの短縮化によってモノの価値が低下。質屋業もそれまでの庶民金融としてよりも、古物販売業として利用されることが多くなり、戦前ほどの収益は無くなっていった。

 

参考:理解されないビジネスモデル 消費者金融 P9-10

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